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学校のブログ

8/14 支笏湖小学校の歴史に関わる出来事①

 学校の沿革だけではなく、学校をとりまく地域の歴史を知ることも大切なことです。

 

〇1857年安政4年 - 松浦武四郎が支笏湖に到達。  

      【武四郎が描いた支笏湖の画】

 

〇1908年明治41年 - 王子軽便鉄道開業。支笏湖周辺の開発が本格化。

 

〇1910年明治43年 - 湖水を利用した水力発電所「烏柵舞発電所」完成。

 

〇1915年大正4年 - 湖畔に丸駒温泉が開業。

 

〇1936年昭和11年 - 千歳鉱山の採掘開始(主に「金」を採掘)。湖を使った鉱石運搬が始まる。

 

〇1948年昭和23年12月31日 ユ-スホステル跡地に支笏湖小学校校舎(51坪)が完成 初代校長発令される。

【下の写真は、当時のユースホステル】

◎1949年昭和24年(2024年から75年前)1月29日 支笏湖小学校として開校式を行う(1学級39名→4月40名)【開校記念日は、この日から1月29日になる。】

 

◎1954年昭和29年7月(2024年から70年前) 現在地に、支笏湖小学校新校舎が完成し移転

 

〇1954年昭和29年 - 北海道道苫小牧支笏湖線が国道276号に昇格

 

〇1963年昭和38年 5月 二宮金次郎像の建立(寄贈 谷本亀氏)

 

〇1964年昭和39年 4月 水明小学校(旧・烏柵舞小学校)を本校に統合

       【現在、水明小学校跡地には体育館だけ残っている。】

【1963年昭和38年当時の水明小学校】

 

〇1975年昭和50年10月 校門設置

 

〇1977年昭和52年 - 支笏湖氷濤まつりが始まる。

※当時閑古鳥の鳴いていた冬の支笏湖観光を盛り上げるため『層雲峡氷瀑まつり』を参考に、地元の観光業者と市の職員 さんたちとが協力してスタートしたそうです。支笏湖の澄んだ水は、凍り付いてもなおその美しさを保ち、日の光を受けてナチュラルブルーに輝くのです。

 

8/14 支笏湖の謎

【支笏湖が透明なのはなぜか?】

 この高い透明度の 1 つの理由は、プランクトン、藻、またはその他の生体を構成する物質の欠如です。 支 笏湖の周辺はまだほとんど開発が進んでいない為、水を濁らせる最大の原因の 1 つである人間による廃棄 物があまりありません。 また、湖でのモーターボートやジェットスキー、その他の電動ボートの操縦も禁止されて います。

 

【支笏湖ができた理由は?】

 現在の支笏湖は、約4万6千年前の支笏火山の大爆発によって出来たカルデラに約2万年をかけて水が溜まったとされています。 そして支笏火山の噴火がおさまり1万年以上経過したころに風不死岳、次に恵庭岳、そして樽前山の誕生により現在の湖が形づくられました。

 

【支笏湖の水はなぜ奇麗なのか?】

 水中の栄養分が少なく、プランクトンの発生も少ないことから透明度は非常に高く、環境省の公共用水域水質測定結果において、これまで20回も全国1位に輝いています。 この透明度と水質を誇る支笏湖の澄んだ水は光に照らされることで「支笏湖ブルー」と言われる青色の輝きを放ちます。

8/14 支笏湖の歴史

【水深363m、日本最北の不凍湖】

 アイヌ語の「シ・コッ」(大きな窪地)に語源を持つ支笏湖は、およそ4万年前に起きた激しい火山活動によってできた支笏カルデラに水が溜まり誕生しました。噴出した火砕流は20km以上離れた札幌市の南部にまで到達したと言われ、カルデラ形成後に風不死岳、恵庭岳、樽前山が一直線上に次々と火山活動を開始、成長したため、現在見られるようなひょうたん形の湖になりました。

 湖の水面下には「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」と呼ばれる、切り立った崖のような光景が広がり、爆発の激しさを物語るかのように水深は深く、最大水深363mは秋田県の田沢湖に次ぐ全国2位を誇ります。

 深さゆえに湖面が凍結することは稀で、日本最北の不凍湖と言われています。 これはカルデラ生成時に、火砕流による自種植物が冷え固まる際に、急激に冷やされ収縮した際にできた割れ目で、支笏湖の見どころとして今に至ります。

 

 

【清澄な水と豊かな森が支える命】

 支笏カルデラができた後、風不死岳、恵庭岳、樽前山が誕生したことで、その裾野には火山活動の影響を受けた森林が多く見られる。

 湖畔の丘陵地には広葉樹林、さらに標高が上がると針葉樹が混ざり、さらに標高が上がるとダケカンバが優勢になり、恵庭岳や樽前山の山頂付近には高山植物が生育しています。

 支笏湖が育む豊かな森には多様な生態系が生まれ、命の営みを感じることができます。

8/13 日本の湖の深さ、大きさ、透明度、のベスト10!! 2020年更新

 筆者の夏休みの自由研究です。支笏湖についていろいろと調べてみました。日本の湖の あらゆる部門のベスト10です。

 

☆「面積(平方キロメートル)」

1位 琵琶湖(びわこ) 670.3 

2位 霞ヶ浦(かすみがうら) 167.6 

3位 サロマ湖(さろまこ) 151.8 

4位 猪苗代湖(いなわしろこ) 103.3 

5位 中海(なかうみ) 86.2

6位 屈斜路湖(くっしゃろこ) 79.6 

7位 宍道湖(しんじこ) 79.1 

8位 支笏湖(しこつこ) 78.4 

9位 洞爺湖(とうやこ) 70.7 

10位 浜名湖(はまなこ) 65.0

 

☆「最大水深(m)」

1位 田沢湖(たざわこ) 423.4 

2位 支笏湖(しこつこ) 360.1 

3位 十和田湖(とわだこ) 326.8

4位 池田湖(いけだこ) 233.0

5位 摩周湖(ましゅうこ) 211.4

6位 洞爺湖(とうやこ) 179.7

7位 中禅寺湖(ちゅうぜんじこ) 163.0 

8位 倶多楽湖(くったらこ) 148.0 

9位 本栖湖(もとすこ) 121.6

10位 屈斜路湖(くっしゃろこ) 117.5

 

☆「平均水深(m)」

1位 田沢湖(たざわこ) 280.0 

2位 支笏湖(しこつこ) 265.4 

3位 摩周湖(ましゅうこ) 137.5 

4位 池田湖(いえだこ) 125.5

5位 洞爺湖(とうやこ) 117.0

6位 倶多楽湖(くっしゃろこ) 105.1 

7位 中禅寺湖(ちゅうぜんじこ) 94.6 

8位 十和田湖(とわだこ) 71.0 

9位 本栖湖(もとすこ) 67.9

10位 沼沢湖(ぬまざわこ) 60.4

 

☆「透明度(m)」

1位 摩周湖(ましゅうこ) 28.0 

2位 倶多楽湖くったらこ) 22.0

3位 支笏湖(しこつこ) 17.5 

4位 パンケトー(ぱんけとー) 14.0 

5位 菅沼(すげぬま) 13.2 

6位 ペンケトー(ぺんけとー) 11.3 

7位 本栖湖(もとすこ) 11.2

8位 洞爺湖とうやこ) 10.0

9位 青木湖(あおきこ) 9.8 

10位 サロマ湖(さろまこ) 9.

8/13 北海道のむかし話~支笏湖のアメマス伝説~

 みなさんは、知っていましたか? 支笏湖のアメマス伝説を・・・ 

 

 昔そのむかし、トーカラカムイ(湖造神こぞうしん)は支笏湖を造り魚を放した。

 ある日、湖の出来ぐあいと、魚がどのくらい増えたかを調べるために湖の中に入った。ところが、湖は以外にも深く、海へ入っても濡らしたことのない神様の大事な股間を濡らしてしまった。

 神様はすっかり腹を立ててしまい、湖に放してあった魚を全部つかまえて海へ投げ捨ててしまった。その時、一匹のアメマスだけが岩陰に隠れていて難をのがれ生き残った。

 しかし、一匹だけ生きのびたアメマスは、やがて大ばけものに生長し、湖の主になり悪業の限りとあばれまわった。ある時は、湖に水を飲みにきた鹿や熊を一呑ひとのみにしたり、湖を渡るアイヌの舟を沈めたりした。

 これを知ったオアイヌルシクルの神がばけものの大アメマスを退治するため湖に出かけ、やすで突くことができたが、大アメマスの力が強くて湖の中に引き込まれて死んでしまった。 

 この神には幼い姉弟きょうだいがいた。

 

 何年か過ぎ、姉は弟に父の無念を話した。話を聞いた弟は、家に伝わっていた金のやすを持ち出し、支笏湖へ行き大アメマスを探した。 

 ある日、大アメマスを発見すると一突きに突き刺した。陸に引き上げようとしたが、力が強く逆に、父と同じように湖へ引き込まれそうになった。

 それから六日六晩争いつづけたが勝負がつかなかった。姉も手伝ったがそれでも負けそうになった時、姉が天に昇った父にたすけを求めた。父親も天から駆け降り姉弟を助け、やっとの思いで、大アメマスを引き揚げ退治した。

 

 その大アメマスを細々に切り刻んで湖へ投げ込むと、それが、みんな小さなアメマスとなり、今日までにふえたという。