学校のブログ
8/29 昼休みにグラウンド石拾い
昼休みに児童も教員も全員で、運動会前に石拾いをしました。当然、全体的にというわけにはいきませんので、目立った石を拾いました。
支笏湖小のグラウンドには、鹿の足跡や鹿のフ〇など様々なものを目にします。フンを見ても決してキャーキャー大騒ぎなんかしません。冷静に「石だと思ったら、フ〇でした。アハハ」という感じです。たくましいです。
8/29 グラウンドにまつわるエトセトラ
①業務補助員の方が、「グラウンドでの授業中、校舎に付いている時計が葉っぱで見えません・・・」という声に直ぐに対応してくださり、長―いハサミを使って切ってくれました。ありがとうございました!隙間から見えます。
②いよいよ遊具の設置工事が本格的に始まりました。これは、ブランコですね。楽しみです!
③遊具をこの場所に設置することで、困ったことが起きました。遊具の一部が、運動会の第4コーナーに少し被ってしまうことです。校長、担当教員、業務補助員で知恵を出し合い、“今までのフィールドの設計が、もともと校舎に対して斜めになっていたので(昔からあった遊具をよけて設計していたので)、これを機に真っすぐに設計し直す”ことにしました。つまりゼロからやり直すということです。目の前の小手先の直しではなく、これから先支笏湖小がある限り永遠に使えるフィールドに作り直すことを選びました。
④9/20(金)の支笏湖連合大運動会に向けて、練習が始まりました。今日は、ある競技のために一人一人、トラック半周を走ったタイムをとりました。
8/26 夏休みも終わって、さあ!スタート!!
久しぶりに学校が始まりました。やはり、学校は子どもがいるから学校なのです。校舎に明るい声が戻ってきました。
全校集会をオオルリ教室で行いました。
【まず、3年生の児童が、夏休みの作文発表をしました。楽しかったこと、痛かったことなどを巧みな表現を使って書き上げました。】
【次は、夏休みの作品発表です。筆者が楽しみなのは、「なぜ、この作品だったのか?」という理由です。そこには、その子しかわからない理由があり、興味深いからです。】
久しぶりに会った子どもたちの顔つきは、少し大人になっていました。日焼けしたせいかもしれませんが、それだけではありません。背も明らかに伸びた子供もいました。
「第二節」は、連合大運動会があったり、学習発表会があったりと大きな行事が続きます。小学校のよいところは、子どもたちが行事を通して成長していくことです。楽しさを分かち合い、時にはいさかいで泣き、そんなことをくり返して、人間関係を学んでいくのです。これからも支笏湖小の教職員は、子どもたちが大人になっても一人で生きてゆける力を身に付けられるように、しっかり寄り添っていきます。
PTCA、地域のみなさん、変わらぬご協力よろしくお願いいたします。
追伸:オートロックの取り付け工事が本日終了しました。子機が校長室にもあり、応対と開錠もできるようになりました。
8/24 支笏湖小の校庭に、もうすぐ遊具が!!
長年の夢であった遊具がこの夏から秋にかけて、支笏湖小の校庭に設置されることになりました。既に、古いブランコは撤去したところです。新しく入る遊具は、三つもあります!!「ジャングルジム」、「ブランコ」、「うんてい」です。設置する場所は、鉄棒に向かって右に三つ横に並びます。
★「ジャングルジム」で育つ力は?
ジャングルジムで伸ばせる運動能力は「身体認識力」、「空間認知能力」、「バランス感覚」です。 のぼる、くぐる、おりる、わたるなど、ジャングルジムで遊ぶと、自然にからだ全体を動かします。 とくに登ったり降りたり高いところにとどまるにはバランス感覚も必要です。
【実はジャングルジムは、何か起きた時の避難場所にもなるそうです。因みに、写真はあくまでイメージです。これと全く同じものが設置されるわけではありませんし、この子たちも転入してくるわけでもございません。】
★「ブランコ」で育つ力は?
ブランコに座ったり、立ったりすることで、体が自然にバランスを取ろうとし、腹筋や背筋、足や腕など全身の筋肉に刺激を与えます。 全身を使ってこぐことで体を支える筋力がつき、平衡感覚が養われるだけでなく、自分の体をコントロールすることを学べます。
【写真はあくまでイメージです。これと全く同じものが設置されるわけではありませんし、後ろの瓦の屋根の家もついでに建てられるわけでもございません。】
★「うんてい」で育つ力は?
「リズム感覚」、「筋力(握力、腕力、背筋、腹筋)」、「空間認識力」です。 うんていはぶら下がったり、渡ったりしながら遊びます。 自分のからだを腕だけで支えるため、握力や腕力、背筋、腹筋が鍛えられます。
昔、筆者は、二段飛ばしだのでエスカレートしてしまい、つかみ損ねて背中から地面に落下し、息ができない状態でたった一人でしばらく倒れていたことがあります。涙は出さなかったです・・・誰もが通った道でした。
【写真はあくまでイメージです。これと全く同じものが設置されるわけではありませんし、支笏湖ブルーを彷彿させるこのような色かどうかも全く分かりません。】
市役所の建設課、市教委の施設係の方々が何度も校庭に足を運んでくださり、当初予定していた場所から危機管理の観点で急に変更を申し出たのにも関わらず、お骨折りをしてくださりおさまるところにおさめていただけました。ありがとうございました。
何と言っても実現した一番の理由は、何年も前から続けていた支笏湖小PTCAのあきらめない陳情です。やっと実を結びましたね。おめでとうございます!!
8/14 支笏湖小学校の歴史に関わる出来事②
今回は主に、校内のことを掲載します。
〇1980年昭和55年12月 校舎改築
【今現在の、支笏湖小学校校舎】
〇1980年昭和55年 5月 支笏湖自然科学館(支笏湖ビジターセンター)開設
〇1989年平成元年 6月 全国森林レクリエ-ション協会より会長賞受賞(環境美化及び愛鳥活動の功績)
11月 受賞記念碑建立(天然石でシジュウカラをデザイン 原画:加藤理恵教諭)
〇1990年平成2年 8月 自然公園大会において、環境庁長官賞受賞 (自然公園美化清掃活動等の功績)
10月 ・受賞記念式典、受賞記念:太陽電池時計の設置、
・川村涛人(初代校長:川村武夫)の歌碑建立
〇1992年平成4年 10月 アメダス(札幌管区気象台)をグランドに設置
〇1996年平成8年 10月 支笏湖畔信号機設置(渡り初めに児童参加)
〇1997年平成9年 8月 南国市奈路小学校から校長・P会長他2名が来校し、交流について話し合う。この日から、奈路交流始まる。
〇2000年平成12年11月 映画監督崔洋一氏指導による映画つくりスタ-ト(13年3月完成試写会)
2001年 13年 4月 市民センタ-で上映会
〇2004年平成16年 4月 PTAをPTCAに組織変更
〇2004年平成16年 9月 台風18号により支笏湖周辺地区倒木被害
〇2008年平成20年 4月 千歳市内小中学校、2学期制に移行
〇2014年平成26年 9月 大雨により支笏湖湖畔に「避難勧告」発令。国道453大被害
〇2020年令和 2年 2月 新型コロナウィルス感染予防のため休校(2/27~3/27)
〇2020年令和 2年 4月 17日午後より新型コロナウィルス対応による休校(~5/6)
〇2021年令和 3年 5月 新型コロナウィルス感染症 緊急事態宣言 特定措置区域に指定(~5/31)
〇2022年令和 4年 5月 新型コロナウィルス感染拡大防止のため臨時休業(5/11~5/15)
〇2023年令和 5年 5月8日~新型コロナウイルス感染症の位置づけは、これまで、「新型インフルエンザ等感染症(いわゆる2類相当)」としていたが、「5類感染症」になった。
〇2024年令和 6年 1月 4年ぶりに対面での奈路交流を再開(奈路訪問団の受け入れ)
【校訓は、75年間ずっと変わらずに引き継いでいます。】
8/14 支笏湖小学校の歴史に関わる出来事①
学校の沿革だけではなく、学校をとりまく地域の歴史を知ることも大切なことです。
〇1857年安政4年 - 松浦武四郎が支笏湖に到達。
【武四郎が描いた支笏湖の画】
〇1908年明治41年 - 王子軽便鉄道開業。支笏湖周辺の開発が本格化。
〇1910年明治43年 - 湖水を利用した水力発電所「烏柵舞発電所」完成。
〇1915年大正4年 - 湖畔に丸駒温泉が開業。
〇1936年昭和11年 - 千歳鉱山の採掘開始(主に「金」を採掘)。湖を使った鉱石運搬が始まる。
〇1948年昭和23年12月31日 ユ-スホステル跡地に支笏湖小学校校舎(51坪)が完成 初代校長発令される。
【下の写真は、当時のユースホステル】
◎1949年昭和24年(2024年から75年前)1月29日 支笏湖小学校として開校式を行う(1学級39名→4月40名)【開校記念日は、この日から1月29日になる。】
◎1954年昭和29年7月(2024年から70年前) 現在地に、支笏湖小学校新校舎が完成し移転
〇1954年昭和29年 - 北海道道苫小牧支笏湖線が国道276号に昇格
〇1963年昭和38年 5月 二宮金次郎像の建立(寄贈 谷本亀氏)
〇1964年昭和39年 4月 水明小学校(旧・烏柵舞小学校)を本校に統合
【現在、水明小学校跡地には体育館だけ残っている。】
【1963年昭和38年当時の水明小学校】
〇1975年昭和50年10月 校門設置
〇1977年昭和52年 - 支笏湖氷濤まつりが始まる。
※当時閑古鳥の鳴いていた冬の支笏湖観光を盛り上げるため『層雲峡氷瀑まつり』を参考に、地元の観光業者と市の職員 さんたちとが協力してスタートしたそうです。支笏湖の澄んだ水は、凍り付いてもなおその美しさを保ち、日の光を受けてナチュラルブルーに輝くのです。
8/14 支笏湖の謎
【支笏湖が透明なのはなぜか?】
この高い透明度の 1 つの理由は、プランクトン、藻、またはその他の生体を構成する物質の欠如です。 支 笏湖の周辺はまだほとんど開発が進んでいない為、水を濁らせる最大の原因の 1 つである人間による廃棄 物があまりありません。 また、湖でのモーターボートやジェットスキー、その他の電動ボートの操縦も禁止されて います。
【支笏湖ができた理由は?】
現在の支笏湖は、約4万6千年前の支笏火山の大爆発によって出来たカルデラに約2万年をかけて水が溜まったとされています。 そして支笏火山の噴火がおさまり1万年以上経過したころに風不死岳、次に恵庭岳、そして樽前山の誕生により現在の湖が形づくられました。
【支笏湖の水はなぜ奇麗なのか?】
水中の栄養分が少なく、プランクトンの発生も少ないことから透明度は非常に高く、環境省の公共用水域水質測定結果において、これまで20回も全国1位に輝いています。 この透明度と水質を誇る支笏湖の澄んだ水は光に照らされることで「支笏湖ブルー」と言われる青色の輝きを放ちます。
8/14 支笏湖の歴史
【水深363m、日本最北の不凍湖】
アイヌ語の「シ・コッ」(大きな窪地)に語源を持つ支笏湖は、およそ4万年前に起きた激しい火山活動によってできた支笏カルデラに水が溜まり誕生しました。噴出した火砕流は20km以上離れた札幌市の南部にまで到達したと言われ、カルデラ形成後に風不死岳、恵庭岳、樽前山が一直線上に次々と火山活動を開始、成長したため、現在見られるようなひょうたん形の湖になりました。
湖の水面下には「柱状節理(ちゅうじょうせつり)」と呼ばれる、切り立った崖のような光景が広がり、爆発の激しさを物語るかのように水深は深く、最大水深363mは秋田県の田沢湖に次ぐ全国2位を誇ります。
深さゆえに湖面が凍結することは稀で、日本最北の不凍湖と言われています。 これはカルデラ生成時に、火砕流による自種植物が冷え固まる際に、急激に冷やされ収縮した際にできた割れ目で、支笏湖の見どころとして今に至ります。
【清澄な水と豊かな森が支える命】
支笏カルデラができた後、風不死岳、恵庭岳、樽前山が誕生したことで、その裾野には火山活動の影響を受けた森林が多く見られる。
湖畔の丘陵地には広葉樹林、さらに標高が上がると針葉樹が混ざり、さらに標高が上がるとダケカンバが優勢になり、恵庭岳や樽前山の山頂付近には高山植物が生育しています。
支笏湖が育む豊かな森には多様な生態系が生まれ、命の営みを感じることができます。
8/13 日本の湖の深さ、大きさ、透明度、のベスト10!! 2020年更新
筆者の夏休みの自由研究です。支笏湖についていろいろと調べてみました。日本の湖の あらゆる部門のベスト10です。
☆「面積(平方キロメートル)」
1位 琵琶湖(びわこ) 670.3
2位 霞ヶ浦(かすみがうら) 167.6
3位 サロマ湖(さろまこ) 151.8
4位 猪苗代湖(いなわしろこ) 103.3
5位 中海(なかうみ) 86.2
6位 屈斜路湖(くっしゃろこ) 79.6
7位 宍道湖(しんじこ) 79.1
8位 支笏湖(しこつこ) 78.4
9位 洞爺湖(とうやこ) 70.7
10位 浜名湖(はまなこ) 65.0
☆「最大水深(m)」
1位 田沢湖(たざわこ) 423.4
2位 支笏湖(しこつこ) 360.1
3位 十和田湖(とわだこ) 326.8
4位 池田湖(いけだこ) 233.0
5位 摩周湖(ましゅうこ) 211.4
6位 洞爺湖(とうやこ) 179.7
7位 中禅寺湖(ちゅうぜんじこ) 163.0
8位 倶多楽湖(くったらこ) 148.0
9位 本栖湖(もとすこ) 121.6
10位 屈斜路湖(くっしゃろこ) 117.5
☆「平均水深(m)」
1位 田沢湖(たざわこ) 280.0
2位 支笏湖(しこつこ) 265.4
3位 摩周湖(ましゅうこ) 137.5
4位 池田湖(いえだこ) 125.5
5位 洞爺湖(とうやこ) 117.0
6位 倶多楽湖(くっしゃろこ) 105.1
7位 中禅寺湖(ちゅうぜんじこ) 94.6
8位 十和田湖(とわだこ) 71.0
9位 本栖湖(もとすこ) 67.9
10位 沼沢湖(ぬまざわこ) 60.4
☆「透明度(m)」
1位 摩周湖(ましゅうこ) 28.0
2位 倶多楽湖くったらこ) 22.0
3位 支笏湖(しこつこ) 17.5
4位 パンケトー(ぱんけとー) 14.0
5位 菅沼(すげぬま) 13.2
6位 ペンケトー(ぺんけとー) 11.3
7位 本栖湖(もとすこ) 11.2
8位 洞爺湖とうやこ) 10.0
9位 青木湖(あおきこ) 9.8
10位 サロマ湖(さろまこ) 9.
8/13 北海道のむかし話~支笏湖のアメマス伝説~
みなさんは、知っていましたか? 支笏湖のアメマス伝説を・・・
昔そのむかし、トーカラカムイ(湖造神こぞうしん)は支笏湖を造り魚を放した。
ある日、湖の出来ぐあいと、魚がどのくらい増えたかを調べるために湖の中に入った。ところが、湖は以外にも深く、海へ入っても濡らしたことのない神様の大事な股間を濡らしてしまった。
神様はすっかり腹を立ててしまい、湖に放してあった魚を全部つかまえて海へ投げ捨ててしまった。その時、一匹のアメマスだけが岩陰に隠れていて難をのがれ生き残った。
しかし、一匹だけ生きのびたアメマスは、やがて大ばけものに生長し、湖の主になり悪業の限りとあばれまわった。ある時は、湖に水を飲みにきた鹿や熊を一呑ひとのみにしたり、湖を渡るアイヌの舟を沈めたりした。
これを知ったオアイヌルシクルの神がばけものの大アメマスを退治するため湖に出かけ、やすで突くことができたが、大アメマスの力が強くて湖の中に引き込まれて死んでしまった。
この神には幼い姉弟きょうだいがいた。
何年か過ぎ、姉は弟に父の無念を話した。話を聞いた弟は、家に伝わっていた金のやすを持ち出し、支笏湖へ行き大アメマスを探した。
ある日、大アメマスを発見すると一突きに突き刺した。陸に引き上げようとしたが、力が強く逆に、父と同じように湖へ引き込まれそうになった。
それから六日六晩争いつづけたが勝負がつかなかった。姉も手伝ったがそれでも負けそうになった時、姉が天に昇った父にたすけを求めた。父親も天から駆け降り姉弟を助け、やっとの思いで、大アメマスを引き揚げ退治した。
その大アメマスを細々に切り刻んで湖へ投げ込むと、それが、みんな小さなアメマスとなり、今日までにふえたという。