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2024年7月の記事一覧

2001年3月に

 筆者が、何気なく支笏湖小の歴史を読んでいると、2001年3月に(故)崔 洋一(さい よういち)監督が、当時の児童14名に映画製作を指導していたことが分かりました。

 体育館に行く渡り廊下に飾られている帽子等とやっと、つながりました。

【「大空の帽子」とは何を意味するのかは、定かではありません。もしかして、監督が児童に指導して作成した自主製作映画のタイトルかもしれません。何せ、23年前の話です。当時の6年生で、今現在35歳くらいでしょうか。】

 

 この勢いで、校長室のアルバムを片っ端から探しました。ありました。かなりほこりを被っている昭和チックなブルーのアルバムです。支笏湖小だけにブルー(支笏湖ブルー)なのかどうかはわかりません。舞い散るほこりで咳をしながら、一枚一枚アルバムをめくっていきます。「ゲホッ、ゴホッ。 あっだ!!」

 

【黒板には、映画作り学習 ・崔監督のお話 ・ビデオを見る ・感想発表】

 

【監督が支笏湖小の、現在30歳代で当時の男子児童に、キャメラ使いを教えてくださっているようです。因みにカメラは静止画をとるマシーンで、キャメラは動画ムービーをとるマシーンのことである。「キミ、センスあるねえ。いいね~ そこでスパンしてみようか。ホラ、今ここ!!」  と聞こえてきそうです。 】

 

【当時の校長室で、サインをしてくださっているのかな? この子たちは、23年後の今も監督のサイン持っているのでしょうか? もしかすると額縁に入れて飾っているかもしれませんね。本人は忘れているけれど(笑)】

 

【この写真は、支笏湖小に関係するみなさんはご存知でしょう。支笏湖のあるポスターに掲載されている1枚です。】

 

 

【当時の校長先生を、後ろからキャメラを回している監督。黒板には、ビデオ映画作り学習と書かれています。】

 

 有名な監督がなぜ支笏湖小に来られたのか?など、疑問は残りますが、はっきり分析するよりも、当時の雰囲気をなつかしみ味わう程度でいいのではないでしょうか。薄れた記憶から、思い出のカケラを一つ一つ拾い集めていくのも歴史を見つめる醍醐味なのかもしれません。

 

「座っても移動できる担架」をいただきました。

 先日、千歳市立北進小中学校から座っても移動できる担架をいただきました。本校は、養護教諭が未配置ですので、何かあった時には、いろいろと道具があった方が助かります。ありがとうございました。

7/25 石碑が・・・②

 ややしばらくして、そのお二人は職員玄関に寄ってくださり、丁寧にお礼を言って帰っていったそうです。

 

 翌々日、筆者は石碑を確かめに行きました。  

 

 そのまま、踵(きびす)を返そうと思ったのですが、「もしや?」と思い、裏にまわってみたのです。

 

支笏湖小の初代校長先生のご人望が察せられます。

 

 翌日、筆者は、全校朝の会で子どもたちにこの石碑について話しました。石碑のことを次世代に引き継ぐためです。

7/25 明日から夏休みです!! 7/26~8/25(31日間)

 本日は、本校の区切り『第一節』が終了する日で、明日から子どもたちは、31日間の夏休みとなります。

 支笏湖タイムの時間帯に「全校集会」を行いました。

 

【言語明瞭に、自信を持って作文を発表することができました。また一つ、自信につながりました。】

 

 

【聴く態度も4月から一貫して立派です!! 第二節もこの調子でお願いしますね!】

 

 子どもたちには、長い夏休みしかできない“新しいチャレンジ”をしてほしいと教職員一同願っております。

 

 因みに筆者が少年時代の夏休み、絶対この本読まないだろうという本を無理に読んでみたことがあります。新しい世界が筆者の中に生まれたことを今でも覚えています。実は、この年齢になっても、たまに挑戦しているのです。

千歳市PTA連合会の新しいポスター

 千歳の市P連で考えてくださった『千歳市家庭生活宣言』ポスターを支笏湖小校内に10枚くらい貼らせていただきました。今回は、時代と実態に合致したルールにいくつか変えたそうです。市P連会長のメッセージも千歳市内小中学校の子どもたちに配ったそうです。

 「千歳市全体で、子どもたちを健全に育てよう!!」というあたたかな気持ちが伝わるポスターだと思いました。