9.21Thu.学ぶ意欲の向上とわかる楽しい授業23
1、思考を共有し、みんなで読み解く(一人一台端末の利活用)
中3国語の『故郷』魯迅は、昔からよく教科書の題材となっていますが、「短編小説とはいえ、読解が難しい」等とよく言われます。「帰郷の時、なぜ ” 寂寥の感 ”を抱いた?」「ルントウを” 神秘の宝庫 ”といった意味は?」「ヤンおばさんの物語での存在意味は?」「再開時の、私とルントウの感情は?」「故郷を後にする、私の希望とは何?」・・・そうした深く読み解くことの楽しみを味わってほしいと思います。(千歳市の国語科の重点は、読解力と書く力になっています)
この単元では、タブレットのジャムボードを使って、「読み解いた一人一人の思考を端末上で共有」しながら、思考を交流し、「また新たな考えや発想、深い読み取りに・・」というねらいがあるように見えました。国語科でのICT機器の活用は、教科の特性上、なかなか難しい面もあるのですが、「思考・判断・表現力」を高める授業に感じます。
2、数学的見方・考え方を働かせて・・ 「あやまちは、やすき所になりて必ず仕る」
3年生数学はますます難しさを増しますが、ここが正念場です。二次方程式、関数、図形・・・「問われていることは、何か」「問題文に示されていることを図・表・グラフ等で整理する」「与えられていることから丁寧に式を立てる」・・・といった数学的な見方・考え方が身につくことがとても大切。「人に教えてもらったり、人に教えることでより確かな力をつけたり・・」『何ができて、どこがわかっていないのか、どこでつまずているのか』を自分が把握することが大切・・。意外と「式を立てる」ことは、できているのに、「移項や分数の処理、正負の間違い」等、『何でこんなところで・・ケアレスミスか・・惜しい・・」なんてことが多いものです。吉田兼好の徒然草に「高名の木登り」というお話があります。知っていますか?
概要は
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昔、「木登りの名人」と呼ばれる人がいました。その名人が、自分の弟子に、高い木に登らせて、木の枝を切らせていたときのことです。その弟子が、とても高くて危ない場所で木の枝を切っているとき、その名人は何も言わずに黙って見ているだけでした。しかし、弟子が枝を切り終わって高い場所から低い場所まで降りてきたとき、その名人は初めて「気を付けて降りなさい」と声をかけたのです。
不思議に思った弟子は「あれくらいの高さになったら飛び降りることだってできますよ。なんで、ここまで安全な場所に降りてから、そんなことをいうのですか。」と聞いたところ、その名人はこう答えました。「失敗は、もう大丈夫だと思ったときに、必ずしてしまうのです。」
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「あやまちは、やすき所になりて必ず仕る」と名人は言っていますが、結構、こういうことって、色々な場面であると思いませんか・・・
3、社会科 公民 「自己決定権」
「自己決定権」は、新しい人権のひとつ。「自分の生き方を決める権利」です。授業では、この「自己決定権」に含まれるインフォームドコンセント(自分で治療法が決められるように医師の十分な説明が認められていること)等、実際のニュース報道等も視聴しながら学習していました。「知る権利」や「プライバシーの権利」等々も新しい人権といわれるもの・・。未来を生きるみなさんには、こうした学習を自分事として、深く学び、社会で生きて働く力として身につけてほしいと考えています。
4、家庭科
1年生が、裁縫 「ポケットティッシュカバーづくり」に取り組んでいました。本校の生徒の「ものづくり」や「作業」の際の集中力は、とても高いものがあります。丁寧な作業、集中度、作業工程のや作業方法の理解、進捗状況のチェックや確認等、社会に出てから大いに役立つものも多く、実技を伴った教科の充実、パフォーマンスとして表れるその教科特有の表現力・想像力に期待しています。